自分の気持ちを無視しないで~暴力から逃げて
記憶喪失の事実
過去を振り返って頭の中の整理をしながら失った記憶を取り戻し、自分が元々どういう考えで生きていたか、どうして一気に記憶を失ったのかをようやく受け入れられる年齢まで来たようです。
記憶喪失って起こった出来事を忘れるだけではないんですね。
その時の感情や思考なども忘れているんです。
なので記憶を取り戻してからごく最近まで私には、「虐待を受ける前の自分」と「ショックで自分の感情や記憶を失くした後の自分」という二重の感覚がありました。
記憶を失くす前の自分は思ったことを割とハッキリと言う方で、感情豊かなおっとり系の女の子でした。
記憶を失った後の私は感情表現が出来ない大人しい子で、親の言う事をよく聞くいわゆる「いい子」でした。
どちらも自分だと、今の私は認識できています。
ですが記憶を取り戻してからしばらくは、自分の気持ちが極端に二つに分かれてしまったような感覚があり、どちらも自分なのは理解できるけれどもひとつの「自分」という存在というよりはまとまりがない感覚がありました。
私は長年記憶が抜けた状態で生きてきて、部分的にほんの少し思い出したことがあっても、またすぐに忘れてしまうという事を繰り返していたようです。
そして記憶が抜ける前の自分の感情と考え方が戻ってきたのはごく最近なのです。
記憶が抜けていた時、私は何もかも自分が悪いんだと思い込んで生きていました。
それが実は記憶が抜けるほどショックを受けた出来事と言葉を受けた結果の事だったという事実で、なかなか受け入れられませんでした。
私にとって親というのは人生の先輩であって尊敬できる人であると思っていたので、尊敬できる部分はあっても私が受けた虐待の事実を両親は理解できずにいたので(自分達がひどいことを私にしているとは思っていないようでした)、私の精神の中では分離したような感覚になっていたのかもしれません。
自分の気持ちを無視しないで
親も私も人間ですから、ポジティブな部分もあればネガティブな部分もあり、私も過去には大失敗をやらかして反省したこともあり、皆それは多かれ少なかれ似たようなものであって、私はやっと「親も完ぺきではないひとりの人間で、私は親の嫌な部分は嫌でいいんだ」と思えるようになったのです。
私は「親は尊敬して当たり前の存在」という考えで自分をがんじがらめに縛り付けていたようです。
「親のこういうところは尊敬出来る事もあるけれど、こういう部分は嫌だな」とやっと思えたのです。
実は以前から自分の子供の頃の写真を見ていると、ある年齢を境に表情がなくなっている事をずっと不思議に思っていました。
小学校1年生頃を境にそれ以降の私の写真を見ると、ぎこちない無表情の笑顔になっていて、それ以前の自分の写真では天真爛漫なくるくる表情が変わる自分の姿が写っていました。
記憶を取り戻して自分の感情や考え方を思い出して、私はやっと自分を取り戻せました。
初めて大天使ラファエルと話すようになってから10年経ったことを『大天使ラファエル~初めての言葉』という記事に書いているのを改めて読んでみて、大変な日々だったのですが『癒しというものは人のトラウマに触れる事であって、けして美しいものではない』と大天使ラファエルが話された通り、壮絶な体験であったことは事実です。
それは自分の本音を受け入れることであり、他人には他人の人生があることを理解して手放すこと。
親には親の言い分や人生や考えはあるのでしょうけれど、私にとってはとても辛かったし嫌だったと今になってやっと思えるようになれたのです。
記憶が抜けていた頃は、親の考えが正しくて自分は間違っていると無意識に思ってしまっていました。それはあきらかに子供の私にとっては虐待の体験だったのですが、親はその事実は理解することはありませんでした。
家族間の虐待や蔑みに苦しんでいる人は結構多いのではないかと思います。
それは表に出る機会があまりにも少なく、声を上げても結局家族からの嫌がらせや暴言で精神的に耐えられなくて私のように記憶を失くして生きていらっしゃる人もあるでしょう。
我慢せざるを得ない方もいらっしゃると思います。
そんな時にはどうか「自分にとっての逃げ場所」を作っておいてください。
自分が壊れてしまってからでは回復はとても大変ですし、時間もかかります。
実際に5歳の私でさえ、性的な虐待を受けたにもかかわらず「私が悪い」という事になっていたのですから。
そんなはずがありません。
暴力や暴言は愛情とは程遠いものです。
どうかこれを読んでくださっている方で、ひどい目に遭っているのに我慢されている方は
『逃げて、生き延びて』
暴力を受けたあなたが悪いのではないのです。
それでも結局私の母親は私の父に暴力を受けて私に当たり散らしていたので、これも「負の連鎖」という事になりますね。
負の連鎖を止めるためにも、『自分の逃げ場所を作って』という大天使ラファエルの言葉を思い出してください。
「親のそういうところが嫌い」と思えるようになって「親は親だ、もういいんだ」と思うようになって両親から気持ちが離れ、自分の事に専念することが出来るようになってきました。
気持ちが離れたからこそ、「いつか光の世界で、またね」と思えたのかもしれませんが、実際綺麗ごとではなくて親に対して「お疲れ様」の気持ちもあれば「やれやれ、大変だった。」という気持ちもあったりします。
どっちも私の気持ち。「やれやれ、大変だった」という気持ちを自分に許可できたから気持ちが楽になったし、「おかあちゃん、いつかまたね」と思えたのでしょう。
自分の気持ちに蓋をし過ぎないで。